昭和レトロ  1957年の天野屋
昭和レトロ
昭和32年 5月5日の天野屋です。周りにビルも何も有りません。
車が少し写り込んでいますが、まだ庶民には車は高嶺の花の時代です。
都電が写っていればもっと良いのですが!!車はルノーかな??
Comment:
2006/06/05 8:29 PM, 一路 wrote:
この写真を写した年の8月に小生は生まれました。
この頃の東京はまだ下町情緒ありましたね〜。明神さまの随神門も昔の門で、大鳥居の高さも今より低い気がしますが??
2006/06/05 8:53 PM, 天野屋 店主 wrote:
本当に良い時代でした。小生の初節句の時の写真です。鯉のぼりが大鳥居より高くそびえています。当時はT頭が鯉のぼりを立ててくれたそうです。父に聞いたところ、大鳥居は戦前からの鳥居で高さは現在と変わっていないそうです。土台の石が戦災で火を喰らって石が弾けています。平成の御造替の時に土台の石と大鳥居を耐震補強をしています。なにせ家の庭に焼夷弾が落ちたそうで、一夜乞食に成って仕舞い、その時の火勢で石の土台が割れたようです。次回にこの写真が撮られた同じアングルからの写真をアップしてみます。
2006/06/05 9:16 PM, どらtaro wrote:
こんばんはー、
この時代に都心でこいのぼりとは・・・ルノー並?ですね(笑)
レトロな雰囲気が今の現場と重なりません・・?
古い写真はでもいいですね〜♪
鉄道員?の納豆さんに一つ質問です。
鉄道が24時間制になったのは何時からですか?
戦前の時計の文字板に貼った24時間制シールのルーツを調べています。シールの袋に「鉄道が24時間制になりました・・」と書いて有りますので?
http://www9.plala.or.jp/timekeeper/other_10.html
2006/06/05 9:44 PM, 天野屋 店主 wrote:
こんばんは〜
鉄道が24時間制に成ったのは何時からだか小生は知りません(^◇^;) この手の話しは時刻表マニアの方がブログをご覧に成っていて下されば解決すると思います。椎野吾一の鐵道博物館に書き込みが出来ればわかると思いますが、残念乍ら書き込みが出来ません。想像ですが、戦争が近づいて来て、鉄道による物資輸送の増大で昼夜を問わず行われるように成ったからでは無いでしょうか??それまでは夜は鉄道もお休みだったのじゃないかな?何方か時刻表のマニアの方、教えて下さい。
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